Torino(トリノ) 2

6月16~17日の小旅行トリノ

6月17日(日)、トリノ散策…前日のバルバレスコと同じくピエモンテ州、また州都であり国内4番目に大きな人口を抱える大都市です。
まずは、標高670mスペルガ山を登り、丘からトリノ市街を見守っているバロック建築の美しい聖堂Basilica di Superga(スペルガ聖堂)…18世紀、トリノの戦いで仏軍との戦いの末、それに勝利した記念に建立(聖堂は無料で見学できます)
CIMG3759-2012トリノ①
このクーポラの130段の螺旋階段を上ると(私達は上りませんでしたが)、素晴らしい眺めが一望できるようです(有料)
正午のミサが始まるようだったので、すぐ外へ出ました…邪魔したら悪いですし

そして大聖堂の真裏には、、、
1949年5月4日、リスボンから親善試合を終えてトリノに戻る途中だった当時の強豪サッカーチームトリノの選手を乗せた飛行機が、悪天候によりスペルガ聖堂の外壁に衝突、裏手に墜落し、乗っていた31人全員が死亡するという悲劇が起きました。追悼碑には、事故から半世紀以上たった今でも献花が絶えないそうです…現在はトリノと言えば『ユヴェントス』がとても有名ですが、この『トリノ』には、かつて大黒選手が在籍していたり、またザッケローニ監督を務めていたこともあったりと、日本にも縁のあるクラブです。
CIMG3753-2012トリノ②
丘からの眺めは、、、
天気は良かったのですが、アルプスははっきり見えませんでした。でもトリノのシンボルのモッレ・アントネッリアーナ(国立映画博物館)がうっすら
サヴォイア王家の墓を見たかったのですが、予約が必要で私達に時間が無く諦めました

山を下り、トリノ中心街へ、、、
Palazzo Reale(王宮)の庭園近くに車を停め、散策開始…カステッロ広場から↓豆粒のような私が立っています。
この王宮は伊統一時のサヴォイア家のもので、王宮内には王立武器館があったり、この中庭の奥に厳かな雰囲気のカフェがあります。
CIMG3770-2012トリノ③
↑中庭にて、豆粒のようなMaxもいます。
敷居高そうなロイヤルカフェですが、誰でも気軽に入れます

王宮の脇にピッタリ寄り添っている、ルネッサンス様式のDuomo(ドゥオーモ)(↓画像左上)
ここには、キリスト処刑後、その身体を包んだという聖骸布があることで有名です
※この布は13世紀頃のものだと科学調査の結果が出て、その人物がキリストではないとのことですが、ネガのように写っている不思議な像は実物であり、奇跡の布として、今でも巡礼者は後を絶えないそうです。
CIMG3758-2012トリノ④
王宮前のカステッロ広場に戻り、Palazzo Madama(マダマ宮殿)…王妃用の宮殿で二つの顔を持っていて、↑画像右上がカステッロ広場側、画像右下が反対側…全く違う建物みたいで面白い

そしてローマ通りを歩き、サン・カルロ広場へ、ミニバスケで盛り上がってました
ポルタ・ヌオーヴァ駅から見ると広場の入り口かのように、S.Carlo(サン カルロ教会)S.Cristina(サンタ クリスティーナ教会)の二つの教会が建っています(↓画像左下)。
CIMG3778-2012トリノ⑤
サン・カルロ広場をぐるっと回り、カステッロ広場に戻る途中に、Palazzo Carignano(カリニャーノ宮殿)があります …伊最初の国会議事堂として使用され、国立博物館があります。マダマ宮殿のように二つの顔を持っています(↑画像右上が西側、右下が東側)。
トリノの街は、各道路が京都みたいに碁盤目のように通っており、カーブしてる道が少ないので、そぞろ歩きも結構簡単ですね

昼食を取っていなかったけど、暑かったのでカフェテリアへ
トリノで200年以上に渡って愛されてきた『Caffè Fiorio』という店へ…他にも老舗の店がとてーも多いです。1780年に創業され1800年にFiorio氏が買収し、その後有名になったチョコレートとジェラートで知られるカフェです。また統一伊初代首相であったカヴールって方が、大層ひいきにしていたとか。統一された1861年前後、多くの学者や著名人がここで集まっていたようで、『人間的な、あまりに人間的な』で有名なニーチェもトリノ滞在中にここのジェラートを好んだことでも知られています
私は名前通り「FIORIO」、Maxは「AMARETTO」というパフェを…生クリームが上品で、アルコールが効いていて大変美味しいのですが、とてつもなく甘く、この日の暑さ(日中35度以上)で私は全部食べれませんでした
店構えは一見普通のBar(バール)と変わりませんが、中に入ると、外からは想像できない奥行きがある空間で、二階にリストランテがあり、カメリエーレ(=ウェイター)はキビキビしていました。天井には当時の様子を思わせるシャンデリラが煌びやかです。あっ中の写真を撮るのを忘れました…是非、行ってください
Caffè Fiorio → Via Po 8
余談…道中、こんな名前のバールも見つけました、サヨナラって、、、
PICT6542-2012トリノ⑥
高速に入る前にもう一つ、Palazzina di Stupinigi(ストゥピニージ宮殿)を眺め、ミランドラへ帰りました
内部は修復工事で入れなかったので次回訪れた時に必ず観たいと思います…サヴォイア家の城の中でも最もエレガントで豪華らしいです

私のお気に入りの場所でもあるトリノ(『Torino(トリノ) 1』にて)…もっとじっくり自転車で買い物や散策をしたい

王宮及びその庭園、マダマ宮殿、カリニャーノ宮殿、ストゥピニージ宮殿は、1997年『サヴォイア王家の王宮群』の名称で世界遺産に登録されてます。他に、ヴァレンティーノ城、リヴォリ城、モンカリエーリ城、カッチャ宮殿が含まれているので、また訪れたいと思います

最後にニーチェの沢山ある名言の中で気に入ったのを、、、
人は、常に前へだけは進めない。引き潮あり、差し潮がある。→ うむ、まさに…
あなたにとってもっとも人間的なこと。それは、誰にも恥ずかしい思いをさせないことである。→ 沢山、人に迷惑かけてきたなぁぁ…
高く登ろうと思うなら、自分の脚を使うことだ。高いところへは、他人によって運ばれてはならない。ひとの背中や頭に乗ってはならない。→ そうだ、そうだ…
人生を、危険にさらせ!→ まだまだ野望を抱こう…
夫婦とは、長い会話である。→ まずは伊語ペラペラになんなきゃ…
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Barbaresco(バルバレスコ) 1

6月16~17日の一泊旅行バルバレスコ編

本当は、この前週の私の誕生日あたりに旅行する予定だったのですが、地震がらみで一週間ずれました
今回の目的は、今年結婚した記念に2012年産のワインを予約しようというものです。10年に一本、結婚記念日に開けたいので5本購入。Maxに「5本でいいの?」と訊かれたので、「6本目の時はこの世にいないでしょう(5本目開ける時だって、どうか)」と返すと切なそうでした

6月16日(土)朝8時頃出発し、12時前到着
バルバレスコ市は、ピエモンテ州クネオ県にあり、見渡す限りの葡萄畑が広がっています…当たり前
バルバレスコは、バローロと同じネッビオーロ100%から造られます。バローロに比べてやや知名度が低いですが、「ワインの王様」と呼ばれるバローロに対し、バルバレスコ「ワインの女王様」と言われることもあります。「力強く優しく、ビロードのような滑らかさ、そして貴族的」と評されるその味わいは、美しく威厳のある女性(=女王様)を思わせ、伊ワイン通内では、バローロ派とバルバレスコ派に二分されるそうです
持ってきた昼食、ほうれん草とハムのキッシュを食べていると、感じた視線の主は、、、
CIMG3714-2012バルバレスコ①
教会近くに車を置き、教会左側へ歩いて行くと、Maxの大学生時代の友達スザンナの実家Cantina(カンティーナ=ワイナリー)があります…12年ぶりの再会だそうです
CIMG3720-2012バルバレスコ②
6年前に父が他界し、今は、母と婚約者の3人でこのカンティーナを守っているようです。
早速、2008年のを試飲させてもらいました
CIMG3723-2012バルバレスコ③
私はワイン通ではないので上手く言えませんが、一本目のOVELLO「ナチュラル~」って感じで、2本目のPORA「フルーティ~、で、つよ~い」という誰でも言える感想…でも、特に一本目のは口当たりが良く、何杯でもいけそうでした。隣を見ると、Maxはうっとりしてました
その後、貯蔵庫を見せてもらいました…樽がいっぱい…これまた当たり前

彼女の婚約者がメルカートから帰ってきて、スザンナのお母さんも交じって、ミランドラの地震の話や私達の結婚の話などワイワイ盛り上がってました。気付けば15時前で、彼女達はまだ昼食を食べておらず、すぐまた仕事があるということで、2012年産のを予約し、今年の9月にまた再度訪問の約束を。
お土産にワイン3本を頂きました…「これ高いよ。」
CIMG3781-2012バルバレスコ⑤
私は、手土産にお箸が入った沖縄産のお箸袋と平安時代柄の飾りハンカチしか持ってこなかったのに、申し訳ない
親切で知的な雰囲気のスザンナ(実際、大学時代文学科の首席だったそうです)、本当にありがとう、また9月に
高級ワインGAJAの店も教会近くにありました…飲んだことも買ったこともないけど、日本ではかなり高いようですね
教会近くのジェラテリアで休憩…ヨーグルトとイチゴ味(←この組み合わせが一番好きです)
CIMG3726-2012バルバレスコ④
葡萄畑が美しいです

そして、トリノへ移動し、夕食は、Maxの男友達二人も加わりピッツァを、食後、みんなで散歩 来たことあるな、と思っていたら、そこは2010年3月に訪れたフェンシングのワールドカップの試合会場真近くで、この夜は、南米フェスティバルみたいなことが催されて盛り上がってました
そんなこんなでホテルに帰ったのは12時頃、日中の気温35度もあったりでかなぁり疲れました

翌日はトリノ観光…次回に

スザンナのカンティーナ → Azienda Agricola GIGI BIANCO
Via Torino 63-12050 Barbaresco(CN)
www.gigibianco.it

Serenissima Repubblica di San Marino(サンマリノ共和国)

地震からの避難も兼ねて6月4~6日の小旅行サンマリノ共和国編…伊に住んでいるなら一度は訪れてみたかった国

6月6日(水)6時過ぎ、地震に起こされました…ここは海の近く、堤防など無い、怖~ Maxがすぐ震源地をPCで調べてみると、Ravenna(ラヴェンナ)という街の近くの海、ここリミニからまぁ近い、怖~~

気を取り直して、リミニから20数kmほど離れたサンマリノ共和国へ、、、
サンマリノは、世界で面積が5番目に小さな国で、また現存する世界最古の共和国。
面積は約61k㎡で、私達の町ミランドラはその倍あります。
人口は約3万人、ミランドラが2万4千人ほどで(人口は負けた)、一つのコムーネ(=市)みたいなもの…人口から例えると、和歌山県の有田市や新宮市あたりが一つの国家に(←出身でない方はかなり分かりにくいか)。
当然周りは伊のコムーネに囲まれていて公用語は伊語ですが、共和国として成立し、初代大統領が就任したのは西暦301年、4世紀になった直後から、独立国として1700年以上の現在まで国家が存続と、かなぁり歴史が古いです(ちなみに日本は古墳時代)。
そして観光資源が豊富な国で、現在でもGDPの半分以上を観光で稼いでいるという、それだけ多くの観光客が訪れるほど魅力的な町並み。中心部の旧市街が2008年にCentro Storico di San Marino e il Monte Titano(サンマリノ歴史地区とティターノ山)で世界遺産登録…って言っても、ほとんどの人が世界遺産の中で住んでることになります。
周辺のヨーロッパ諸国が高い消費税なのに対し、ここは消費税がありません。安く買い物が出来るということで、それを目的にサンマリノを訪れる人が非常に多いようです…日本は免税があるのであんまり関係ないか。
驚いたのはEU加盟国でないということ。でもユーロの発行権を持っています、と言うことは自国の独自デザインでユーロを発行出来るということです(片側のみ)。私も記念にと思って、お釣りをよく確かめましたが全くありません。お店の人に交換してもらおうとしても、お店の人も探すのが難しいと。伊ユーロがほとんどで、その理由にはサンマリノ・ユーロの発行量が圧倒的に少ないからと…お釣りで見つけたのはポルトガルとギリシャだけ。

さて前置きがかなり長くなりましたが、観光を、、、
Dogana(ドガーナ=税関)を車でスッと通り過ぎ、高台まで結構登り、ここからは歩き…国旗が白と水色なのでか、ポストが白地に水色文字でかわいい、ちなみに車のナンバープレートもこの2色。
CIMG3638-2012サンマリノ①
すぐ城砦Rocca della Guaita/Ⅰ°Torre(ロッカ・グアイタ/第1の砦)へ…この後に行くRocca della Cesta/Ⅱ°Torre(ロッカ・チェスタ/第2の砦)との共通券は€4,50。
少し登っただけなのに、こんなに高さが、、、
CIMG3654-2012サンマリノ②
さらに、急な細い柱を登ると、、、
すごいパノラマが広がります、、、
CIMG3650-2012サンマリノ③
ここより高い第2の砦もすぐ近くに見えてしまいますが、その第2の砦へは、わりと歩きました…最も高いので眺望を楽しむにはこのチェスタが最適
CIMG3659-2012サンマリノ④
城砦の内部には、中世武器などの博物館があったり

先ほどの、第1の砦が(↓画像左)も…地震が来たら、、、とすぐ考えてしまう
CIMG3676-2012サンマリノ⑥
奥に見える塔(↑画像右上)はRocca Montale/Ⅲ°Torre(ロッカ・モンターレ/第3の砦)で、これら三つの城砦がここサンマリノのシンボルでもあり、国旗のモチーフにもなっています。125px-Flag_of_San_Marino.svg[1]

そして散策、、、
主祭壇にサンマリノの守護聖人マリノの聖遺物を納めているBasilica di San Marino(バジリカ・ディ・サンマリノ)など、、、
CIMG3686-2012サンマリノ⑦
教会の天井の装飾が美しいです

観光客いっぱいです…長くこれで支えられてる国なんて、やっぱり不思議な魅力がある
CIMG3689-2012サンマリノ⑧
珍しい切手も有名…あと財源となっているのは、コインやワインなどなど。
お昼に食べたピアディーナ、挟んでいたサラミとルッコラがとっても美味しかったです

私達は行きませんでしたが、フェッラーリの永久展示場や1900年代車博物館からヴァンパイヤ博物館、死刑道具博物館などいっぱい博物館があります

大変のどかで平和そうな国でした…おかげでリフレッシュできました
ちなみにサンマリノ共和国はパスポート提示不要ですが、希望するとシールと印もらえます(要手数料)

Rimini(リミニ)

地震からの避難も兼ねて6月4~6日の小旅行リミニ編

6月4日(月)夕方、リミニの街に出発…先日訪れたアンコーナと同じアドリア海沿い
ミランドラと同じエミリア・ロマーニャ州で内陸の多いこの地域にとって一番近いリゾートビーチ、またサンマリノ共和国への観光客の主要な玄関口となっています
出発日の午前中も余震が多かったです…早く解放されたい

2時間半かかり、19時頃到着。早速、B&BのSuper dog君が出迎えてくれました…イヌとかネコの、頭から首や耳の裏、見てると癒される
CIMG3618-2012リミニ①
まだVacanzeではないこの時期、二人で二泊€36ととっても安く泊まることができました…種類の多い朝食は良かったですが、冷蔵庫とテレビが無かった

6月5日(火)、バスに乗って中心街へ
中世の雰囲気って感じでしょうか、、、
CIMG3591-2012リミニ②
紀元前27年頃建設、Arco d'Augusto(アウグストゥスのアーチ)(↑画像左下)…高さ9.92m、幅8.45mの門に、
ゴシック建築のTempio Malatestiano(マラテスティアーノ教会)(↑画像右下)…外壁の白が眩しい

古めかしい教会、、、こんな感じの教会、ミランドラにもあったなぁぁと、地震でほぼ崩れてしまったけど
CIMG3596-2012リミニ③
紀元21年完成のPonte di Tiberio(ティベリオ橋)で一休み…イストリア半島産の石が使われ、5つのアーチからなり、どっしりとした柱の上に建っています。
Maxが「メドューサがいるよ」と、「あの睨んで石にしてしまう、蛇頭のヤツ?」と返すと、「違うよ、えーーと…」…川を見て分かりました、「あークラゲか」、沢山プカプカ 「日本では漢字で、La luna del mare(海の月)で、クラゲと読むんだよ」と教えると、かなり納得してくれました あと「水母」や「水月」とも書きますね また「コリコリして美味しいよねぇ」と言うと、Max「う~ん、食べないよ」と…えっ、伊では料理にしないの?

B&Bまでの帰りはバスを使わず、海沿いをひたすら歩きました
沢山の人が肌を焼いたり、泳いだり、とのぉんびり…庶民的なビーチです
CIMG3609-2012リミニ④
町に戻れば、「チーン、チーィン」と鐘を鳴らして、レトロなバスが横切ったりも
気づけば6km以上も歩いてました。シャワーを浴びて休憩していたら、左股関節がズキンズキンと強く痛くなってきましたが、21時前だったので夕食を(€34,50)
前菜にタコのサラダ、ズッキーニと海老のニョッキ…ブイヤベースでとても美味しかった
CIMG3622-2012リミニ⑤
そして、この日のお昼も食べたけど、名物Piadina(ピアディーナを…エミリア・ロマーニャ州の特産品で特にリミニのは有名
ピッツァの台の様に丸く焼いた無酵母の薄いパン生地に、ルッコラ、チーズ、トマト、生ハムなどをはさんで、ホットプレスするシンプルな食べ物。
パリッとよく生地が焼けていて、サルシッチャ(=ソーセージ)と玉ねぎの具が美味しかった(↓画像左)
CIMG3624-2012リミニ⑥
画像右は、お昼にスーパーで食べたピアディーナ、、、やっぱ、違います、薄さも味も

夜は、左股関節が痛くてなかなか寝れず(中心街も結構歩いたもんなぁ)、そして翌朝6時過ぎ、地震で起こされました…せっかく避難してきたのに、地震も同じ方向に来てくれました
次回へ

5月29日のM5.8地震から2週間が過ぎ

その時の状態や私達の生活など

5月29日9時過ぎ、自転車でクエストゥーラ(警察)に滞在許可の手続きの件を訊きに行こうとした時、、、「ゴゴゴォー」としたので止まりましたがそのまま転倒、少し前の建物が崩れその土埃が、、、その土埃の奥からどんどん人が逃げ出してきました。
土埃がすごいので、私も左上の一枚だけ撮り、その場を避難、
そして確認したかった古い教会は、5月20日M6地震後は教会の側面ありましたが(画像右上)。。。
CIMG3530-2012地震2①
さらに町のシンボルの教会へ向かうと、とうとう時計が落ちてしまいました(画像はGoogle)。
こじんまりした教会でしたが、内部が美しかったので(もう今は何もありません)、信者ではないですが時々私もお祈り(=お願い事?)をしに行ってました。(画像はネット)
duomo-mirandola-2012地震2②

これらを撮ってすぐアパートへ戻ってみると、クローゼットが倒れ柱に傷をつけてました。当然、中の物が出てビン類が割れて液体が出ていたり。
余震が続き、この中は危ないと思い外で様子を見ていると、Maxが駆けつけてくれ、しばらく一緒に近くの駐車場に居ました。それから自転車で町の様子を見に行くと、まだこの直後は中心街へ進入できましたが、翌日から一切入れず。
CIMG3570-2012地震2③
ミランドラも復旧がかなり時間がかかりそうです。
いつ崩れてくるやら、2日前、鐘の方のヒビは、ボンドでくっ付けてました。

アパートに戻り、通帳や手続き中の文書など大事なもの、衣類、食べ物など持って60km先の義兄宅へ避難しました。
義兄宅での避難&居候生活は、義兄の彼女が美味しい料理を作ってくれたり、3kgものムール貝の下処理を一緒にしたり、マネキュアを塗ったり、好きな映画や歌手など話しながら気を紛らわせてくれ、とてものどかな時間でした。が、地震後、左背中の一部分から脇腹にかけて攣るような痛みがずっとあり、息を吸うと特に痛みを感じ、2泊のみで帰宅することに。帰宅した翌日、不思議と痛みがなくなりました…それなりのストレスがあったのでしょうか。
私は、阪神淡路大震災の時は大学生で東京に住んでおり、去年の東日本大震災の時は和歌山もかなり強く揺れたようですが、市外で車に乗っていて気付きませんでした。なので初めての大きな地震を体験したこと、またすぐ前の建物が崩れていき、沢山の女の人が泣き、人々が逃げまとう光景を目の当たりにしたこともあって、それなりのショックがあったかも。

現在もスーパーが閉鎖しているので、テントで夕食だけ食事を頂いてます。地震直後は、家を失った人々と一緒のテントでした。そこでのある移民のマナーの悪いこと、片付けもせず残しまくり。またある伊人も「水、持ってきて」とリストランテで食事しているかのように、ボランティアの方に指図するなど、、、
CIMG3539-2012地震2⑧
空き地や公園に、テントを張ってる人も沢山。。。

近所に住んでいるMaxの友達の様子を見に行った時、別の友達が来ていて、その彼が葬儀屋関係の仕事で、仕事が増えて喜んでいたことなどで、、、地震直後は他人に触れたくなくなりました。
でもボランティアや伊各地から来ている救援隊の方々の親切や優しさを感じ、やがて心も穏やかになれました。

食事するテントは、現在は、避難者と、自ら自家用テントで暮らす人々(と私達のような自分の家で暮らす人々)に分別されました。
最初の頃は、誰でも入れたテントでしたが、現在はミランドラ市民と証明する文書の提示が必要に…震災以外の町からも食べ物を求めて、やってきた人々がいたのでしょう。
食事も、段々と改善され、フルーツもあり、毎日メニューが違います(プリモもセコンドも2種類から一つ選べるし)…5月20日M6地震後、中学校で見たオイルのみかけたペンネと水だけのメニューから考えると、栄養も沢山摂れて味も美味しいです。私が「これだけもよく提供できるね?」とMaxに訊くと「税金がとてつもなく高いからさ。。。」と、さらっと返されました。

被害の大きい町Cavezzo(カヴェッツォ)にあるMaxの会社は、、、
会社の復旧に時間がかかり、Maxは18日(月)から当分約30km離れたモデナのオフィスに通うことになってしまいました。道路も閉鎖されている箇所がいくつかあり、モデナへ行くのも遠回りしなければなりません…私も彼のお弁当作りを頑張れねば。
PICT6515-2012地震2⑦
カヴェッツォの中心街やコーン畑なども、大被害↑
そしてそのカヴェッツォで12時間も瓦礫の下敷きになって救出された女性のニュースはネットでも大きく報じられましたが、約一週間後、病院で亡くなったそうです。

チェントロに近いところでは、、、
新しい家々も被害が多い…建築過程に問題ありかも。。。
CIMG3486-2012地震2⑤
↑画像下は、2階と4階のベランダの壁が崩れ落ちてしまってます。
町はずれの教会や古い家は、全壊が多く、、、
CIMG3563-2012地震2⑥
病院も外壁が崩れているので一切入れず、このような施設に、、、
CIMG3567-2012地震2④

個人的に困っていることは、滞在許可の手続きが滞っていること。
結婚式後4月12日に必要書類を提出し、5月14日呼び出し通達が届いて(←これがそもそも遅すぎる)、指定日の5月21日はM6の地震の翌日で手続き出来ず、5月29日警察の窓口がやっと開いたので行こうとしたらM5.8の地震が起き、また手続きできず、、、これが終了しないと、身分証明書や住民登録の手続きが出来ず、住民登録がないと保険加入ができないようです。
また伊免許書への書き換えも出来ません(←免許はさほど急いでないけど、まだ運転する勇気がでないので)…はぁぁ、申請中の紙があるので不法滞在ではないという証拠にはなりますが、早く終わらせたいです

6月から通う予定だった伊語教室は、9月からになり、それまでの期間は、伊語の先生からファイルでもらった結構なレッスン量の小・中学生レベルをPCで一人勉強…まぁ、今ヒマだから頑張れそう

伊で今はすっかり有名になったモデナ県の小さな町ミランドラ…地震前は、ミランドラってどこ?とよく言われたものです

この土日は、Maxの友達に会いにトリノ方面へ一泊小旅行に行ってます

プロフィール

Makitalia

Author:Makitalia
真紀(Maki)
イタリア人Maxと、2011年4月日本にて神前式、2012年4月イタリアにて民事婚をしました。2011年12月中頃から、一緒にイタリア生活を始め、現在は、2つのフェンシング教室のコーチとして、週3回指導してます。
日々、想った感じたことをつらつら記していきます。暇つぶしにどうぞお越しくださいませ!
“Papavero と 雛罌粟”から、ブログ名変更しました。

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