全日本

全日本、終了してしまったなぁ

11月25日
ベスト16がけ
和歌山クラブ 45V-18D 千葉クラブ

ベスト8がけ
和歌山クラブ 45V-31D 東京フェンシングスクール

ベスト4がけ
和歌山クラブ 45V-27D 早稲田大学
準決勝
NEXUS株式会社 45V-41D 和歌山クラブ

11月26日の決勝は、NEXUS岐阜クラブで優勝はNEXUSでした・・・強かったです

NEXUSにあった、負けそうになっても、体力が切れそうになっても、継続できる集中力と身体のバランスと、あとは精神力…準決勝の時の私に欲しかったもの あの時それがあれば決勝に駒を進めることができたのに

和歌山メンバーは、よく頑張ってくれ、私を助けてくれました
本当に感謝です
練習も、それぞれが仕事を終えた後集合し、夜9時位まで頑張りました
面倒見てくださった市川先生にも大感謝…優勝して恩返ししたかったけど

これで私のフェンシング選手人生が終わったわけですが、フェンシングから得たものは数多くです
私の人生はあと半分、新しい人生で十分生かしていきたいと思います

銅メダルでスイマセン…先生
また組めることができて嬉しかったよ…愛
チームの精神安定剤…なっちゃん
来年は絶対優勝してね…伊世
CIMG1959-2011フェンシング
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フェンシングの思い出

今日から全日本・団体戦(岐阜県大垣市)が始まります

これが私のフェンシング人生最後の戦いになります

父親の勧めで高校1年生から始めたフェンシングは、もう20年間も続けたことに…小さい頃は、水泳、ピアノと長く続きませんでした

ずば抜けて運動神経が良いわけでなく、握力も弱く、おまけに集中力散漫で、、、ってあんまり向いていたスポーツとは思いませんが、知らないうちにフェンシングにはまっていました

入部した時、左利きのコワイ先輩に「右でも左でも構えが変やし、左にしなぁよっ」と言われ、矯正左で構えることに…そのコワイ先輩のおかげでちょっとは強くなりました、多分
唯一の女子の同期は剣道経験者で、間合いの取り方や剣さばきの上達が早く、差をどんどん広げられることに…負けん気だけで過ごしていたなぁ ちなみに陸上競技ハードル種目の経験の私は、ピョンピョン跳んで無駄の多い動き
それに試合に出れば、頭の中が真っ白になることが多かったなぁぁ

大学3年生から少しずつ成長の兆しが見えてきたものの特別良い成績を残せたわけでもなく それでも大学卒業してからもフェンシングに携わりたいという気持ちが強くあり、卒業間近たまたま福島県のある学校が1年間だけフェンシング指導者を探しているという情報が入り、迷ったもののその学校で指導することを決めました…ここで転機を迎えたような 
部員が少なかったけど、純粋な生徒ばかりで、指導にも従ってくれたし、私自身が楽しくなって4年間もその学校でお世話になることになりました。その間に、指導者として選手としての先輩方、結果を残してくれた高校生、期待を持たせてくれるフェンシングの子ども達、フェンシング以外にも沢山の温かい出会いがありました。
福島県は第二の故郷…早く福島が元気いっぱいを取り戻すよう願ってます。

地元に戻ったのはもう一度選手として頑張ろうという気持ちからでした。
講師など色々な職に就きながら、ある時背中を押してくれた方のおかげで世界選手権にも出場することができました…本当に感謝、感謝です
代表に入ればコーチの方々から沢山教えてもらうことが嬉しくて…吸収力悪く全てができたわけではないが

国体も10年間出場しましたが、総合優勝は2回(1年目と10年目)できたものの、女子フルーレでの優勝はできなかったなぁぁ…3位が最高

全日本もこの前の9月に個人戦へ出場し惨敗で、今まで2位が最高で…9月の試合が終わってから、何だかポカーンと腑抜け状態の私、、、
こうやって、だらだら書き綴っていると忘れてならないことが、、、
フェンシングが 好き という気持ち

今日はどんな戦いができたでしょうか?

夫婦別姓

伊では、結婚して名字を変更する人はほとんどいない

日本はまだ正式ではないですよね、確か…ちなみにお隣、韓国は夫婦別姓
結婚を意識して好きな人が出来たら、その人の名字と自分の名前を合わせてみたりしませんでしたか…あっ、しないって。。。

日本人と伊人が国際結婚した場合、ミラノ(またはローマ)の領事館で婚姻届を出す時に夫婦別姓の選択が可能なのですが、、、
私は夫婦別姓を選ぶつもりです

以前は「名字に変える」ことに憧れていましたが、、、
ただただ「面倒くさい」のです

国際結婚をするだけでも、伊ではあちこちでの手続きが大変なわけで、また長時間待つことも
名字を変えるという事は、結婚した後いろんな証明書を申請しなおすはめになるわけで、パスポートなども
日本で日本人と結婚した場合ももちろん変更しなくてはなりませんが、伊ではもっと倍の労力が

また夫婦別姓だからと言って、伊では子供が好きな方の名字を選べるわけではなく、子供は父親の姓を名乗ることが定められています。例外は、未婚女性で、父親に認知されていない子供の場合は、もちろん母親の姓を名乗ります。

これからの私達のように別姓を選んだ、国際結婚夫婦の子供の場合は、、、
伊においては、子供も父親の名字と名前、、、が、日本では、私の名字と名前に。
もちろん日本のパスポートに記載されてある子供の名字は、私の名字になります。
日本では父親の戸籍は当然ないため、子供は私の戸籍に入り、必然的に戸籍筆頭者である私の名字を名乗ることになるわけです。そして子供は2つの名字、2つのパスポートを持つことに…

伊で、名字を変えたからと言って利点もあんまりなさそうだし、そもそも私の名前の総画は大器晩成と画数占いで出ているので、このままで良いかと…

国際結婚ということもあり、知り合いから「何て名字になるの?」とよく聞かれますが、これからも慣れ親しんでいる名字で答えたいと思います

Confetti と 金平糖

引き出物のConfetti(コンフェッティ)のまわりに日本の伝統菓子・金平糖も入れることは前回にお伝えしましたが

さて、金平糖の語源・由来を調べて見ると(引用)、、、
金米糖、金餅糖、糖花とも表記される。語源はポルトガル語のコンフェイト (Confeito) コンペイトウに訛った。初めて日本に金平糖が伝わった時期については諸説あるが、1550年(天文19年)にカステラ・有平糖などとともに南蛮菓子として伝えられたとされる(←これは知っていたけど)。

おおっ
Confeito(コンフェイト)
…伊語のConfetti(コンフェッティ)…日本語の金平糖(コンペイトウ)

お祝いにコンフェッティを配るのは伊・シチリア発祥らしい…伊映画『ゴッド・ファザー』でも
と言うことは、、、
コンフェッティコンフェイトこんふぇいとぉコンペイトウ
形状は違うけど、つながっていた

金平糖は、ウイキョウやコリアンダーの種を核としその核に砂糖液を繰り返して混ぜながら絡ませて、あの独特のイボイボ(突起は24個らしい)を作っていく手間のかかる愛らしい砂糖菓子。今ではポルトガルの田舎で細々と作られているそうです。
コンフェイトとは、砂糖菓子の総称で、ポルトガルではつるんとしたドラジュもアーモンドに砂糖をからませたものも、ボンボンのようにお酒が中に入ったものも皆CONFEITO。
日本の金平糖はConfeito com bicos(コンフェイト コン ビィコシュ=イボ付き砂糖菓子)と呼ばれます。ただ、あのイボイボのコンフェイトはポルトガルでは消えつつあるそうです…手間ばかりかかってお金にならないから。
昔は(50~60年前)結婚式や洗礼式の後に教会の前でイボイボの金平糖が配られたそうです。それがいつからかイボイボのないドラジュのような砂糖菓子にとって代わられるようになったとのこと。
若いポルトガル人は、自分達のお菓子コンフェイト コン ビィコシュの流れを知らないそうです…存在さえも。
でも日本の皇室の結婚の儀のプレゼントに金平糖が選ばれているのは、素敵なこと…ポルトガルで忘れ去られそうな習慣が日本で守られているんだから。
ちなみに、英語でConfeitoは、お祝いの時にまく紙吹雪、、、
コンフェッティはお祝いの時に配るし、これもまた関連ありそう
日本でも結婚式にライスシャワーでなく金平糖シャワーにすれば…あっ、痛いか

こうやって、一つの言葉を調べているとおもしろく、単語も覚えられますね

イタリアでの引き出物

イタリアでの結婚式でプレゼントする物を決定

以前、伊ではアルジェント(銀)の小さな置物が一般的とブログにも書きましたが、私たちのオリジナリティーを出したいことから、、、
ミニ下駄の置物…鼻緒がふっくらしていてカワイイ
縁起物らしいです…対なので夫婦円満の意で、例えば玄関に飾れば、その家に訪れるお客が増え、明るい賑やかな家庭へ、また無病息災の意で、トイレに飾れば、足腰丈夫でいつまでも自分自身でトイレに立つことができるという、他にも商売繁盛の意も

これとコンフェッティ(ドラジェ)を伊で準備…コンフェッティについては結婚ジンクス記事でお話しました
そのコンフェッティを入れるボンボニエーラは手作りしようと
友禅紙を使って八角箱を作り、細ゴムのアジアン結びで固定…鶴を折っただけでも「Brava!!」と褒めてくれる伊人、これはどうかな
先月、大阪・船場センタービル10号『紙音』で友禅紙をいっぱい購入しました…友禅紙、とっても美しくてちょっと見とれてしまう
CIMG1914-2012Matrimonio①

船場センタービル…1970年オープンで、堺筋以東の1~3号館はインポートマーケット(大阪舶来マート)、堺筋から御堂筋間の4~9号館は繊維問屋街、御堂筋以西の10号館は専門店を中心としたショッピング街、また地下を中心に飲食店街も展開していて長ぁ~い建物です 地下の飲食店はとっても安い 『紙音』のおじさん、とっても親切でした

コンフェッティの他に、金平糖も少し入れイタリアと日本を感じさせる物にしたいなぁと…友禅紙も伊国旗の赤系と緑系で 

さてボンボニエーラの八角箱とミニ下駄に伊人はどんな反応をするか、来年の4月楽しみ

『下駄屋さん』 → http://www.geta-shop.co.jp/company_profile.html

プロフィール

Makitalia

Author:Makitalia
真紀(Maki)
イタリア人Maxと、2011年4月日本にて神前式、2012年4月イタリアにて民事婚をしました。2011年12月中頃から、一緒にイタリア生活を始め、現在は、2つのフェンシング教室のコーチとして、週3回指導してます。
日々、想った感じたことをつらつら記していきます。暇つぶしにどうぞお越しくださいませ!
“Papavero と 雛罌粟”から、ブログ名変更しました。

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