Matera(マテーラ) 1

2年前のVacanzeの話もいよいよ今回でおしまい

8月28日朝、Maxの両親にさよならを言い、約40km先マテーラの洞窟住居を訪れました…世界遺産とは知らなかったけど、行けば納得の見応えありです
「Sassi(サッシ)」と呼ばれる凝灰岩に穴を開けて造られた家(洞窟住居)
CIMG0368-2009マテーラ①
このサッシがいつ頃造られたか不明で、8世紀から13世紀にかけて東方からイスラム勢力を逃れた修道僧が住みつき130以上の洞窟住居をかまえたという。旧石器時代の出土品も発見されていることからかなり古くから人々が住んでいたと考えられている。第二次世界大戦時は廃虚化されていったが、伊政府が1970年以降保存に乗り出し、世界遺産登録後は人々が戻りはじめ、現在、洞窟住居の7割に人が住んでいる。サッシを利用したホテル、オフィス、リストランテも

Maxの幼なじみも『le dodici lune』内のリストランテを経営していて、ランチを食べに訪れました
外観、雰囲気出てますね
CIMG0381-2009マテーラ⑤ 
本日のお勧めを説明してくれる幼なじみ、Pinoさん↑
ラヴィオリとオレッキエッテのトマトパスタ、味がしっかりしていて美味しかった
ここでちょっとした出会いが、、、
私達の後からこのリストランテに入ってきた日本人夫婦と伊人夫婦の2組、向こうも私に気づき、話を聞くと、日本人夫婦の息子さんと伊人夫婦の娘さんが5年前に結婚し水戸で暮らしていて、この日本人両親は久々に嫁の両親に会いに来たと。ちなみに日本人父の弟は和歌山に住んでいるらしく、何だか縁が近いんだか遠いんだか…私たちの両親も何年後か顔を合わすことができるかな、とふと

昔の生活の様子を再現、、、
CIMG0358-2009マテーラ③
味わいのある洞窟教会、、、
CIMG0352-2009マテーラ②
結構、広いのでかなり歩きますが、とても不思議な所で、次回はサッシのホテルに泊まりたいです
Max「ここは無料で住めるらしいよ、ただ改装や修理にすっごく高くつくけどね」、私も「なかなかこういう所で住めないし、面白いねぇ」と言ったものの、たまらん不便だろうなと、またこの辺、観光業以外の仕事を見つけるのは非常に難しいらしく、二人の夢の話は一瞬で終わりました

それから約375km先、今夜のお宿Pescara(ペスカーラ)の町へ
夜中に到着、宿に着くなりMaxすぐ冷凍庫にビールを…長距離運転後に至福の時間をって気分だったんでしょう が、ここで不運が、、、そろそろ飲み頃と思いMaxが冷凍庫の扉を開けるとすぐビール落下バッリーンと 楽しみを奪われMaxちょっと不機嫌に 何だか私にも八つ当たり 少し一人にしておいたら、悲しそうな背中で割れた瓶を片づけたり、飛び跳ねたビールを拭いたり…すぐ立ち直ってくれたけど、かわいそうなMax
翌朝はすがすがしい表情で、ベランダで朝食…ここの宿、キッチン、食器付のアパートメントタイプで1泊だけでもったいなかった
CIMG0388-2009ペスカーラ
ペスカーラの海を眺めて、約440先ミランドラのNostra Casa(私達の家)へ
総走行距離約2000km…ありがとうMax、お疲れさまRover

『Le dodici lune residence』 → www.ledodicilune.it…私達が行ったリストランテ他、宿泊もあります
→<追記> Pinoさん、現在イギリスでリストランテを開き働いているそうで、別のオーナーに替わりました

マテーラのサッシ、日本語のオーディオガイドやパンフが充実

2年前の長ぁいヴァカンツェの話は今回で終了、2011年の8月も今日で終わり…みなさんは、どんな8月をお過ごしでしたか?
現在の私は、8月前半フェンシングの練習を頑張ってました そして8月12日には、父方の祖母が96歳で永眠…「死」について私なりに考えた8月後半でもありました
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Amendolara(アメンドラーラ) 1

2年前のVacanzeの話の続き

アマルフィからカラブリア州コゼンツァ県アメンドラーラ(伊を長靴にたとえて土踏まずあたり)にあるMaxの夏用別宅まで約205km、夜中の2時に到着…私はMaxの両親とは初対面、ちょっと緊張 でも「マキ、会いたかったよ!もう今夜は遅いからゆっくり寝なさいね!」とマンマ、パパにも簡単に挨拶を済まし、以前Maxが使っていた部屋へ…ベッドが2つ、兄弟仲良く一つの部屋で過ごしていたんだなぁと
さて夜が明けて、約1週間のMax家の厚いおもてなしが始まりました。
私達が起きてダイニングをのぞくと、両親二人の気配なし。「はて?」と思いながらMaxとコーヒーを玄関先の手入れが行き届いた花などを見ながら飲んでいたら、
CIMG0345-2009アメンドラーラ①
いっぱいの食材を両手に抱えて帰ってきました しかも水着で 買い出しに行って海でのんびりしていたそうで…マンマ、水着のまま、昼食作り出しました 
私たちも、午前中は海でのんびり、家に戻って昼食、と1週間ずっとそうやって過ごしてました。
昼食は、いつもマンマが美味しい家庭料理を作ってくれて、イカ墨リゾットやアッラビアータ、サルティンボッカ、鰯のマリネなど…一番、美味しかったのは、ズッキーニと海老のTrofie(トロフィエ)
*トロフィエはリグーリア州の伝統パスタで、モチモチしていてソースが絡みやすい
マンマ、必ず「美味しいかい?」と聞くので、私「マンマ、日本でリストランテを開けば大もうけだよ」って言うと、「あらホント?いいわねぇ」 私は、必ず残さず食べるのでマンマも嬉しそうで、次から次へと色々な食べ物を出してくる…太りました、この夏 パパは、暑い中玄関先でチョリソーやパプリカを焼いてくれたり…パプリカを真っ黒焦げにしてたので、失敗かと思っていたら、皮を剥くためで驚きました

夜は、Pizzeriaに連れて行ってくれたり、屋外コンサート、ジェラートを食べに行ったり…伊人、老いも若きもジェラートをペロペロ でもホント美味しい、味の種類も豊富だし、たっぷりのっけてくれる
家では、私達の部屋のドアが開いていると必ずマンマ、ズカズカ入ってきます(邪魔しに?) 「これ壊れたの、Max直してぇ」「Max、仕事は順調?」とか…何だか、私が邪魔そうな時は必ずパパが私を散歩に連れだします パパは気遣い屋で私に英語でたくさん話しかけてくれました
両親2人はよくケンカすることがあり、こちらがハラハラしてるとMaxは余裕ぶって「いつものこと」と…たしかにすぐ仲直り 

実家近くの海
一緒に海へ行った時はこんなにアツアツ いいですね、いくつになっても
CIMG0334-2009アメンドラーラ②

時々「見かけないヤツがいるなぁ」とのぞきにくる猫も、、、
CIMG0296-2009アメンドラーラ④
チーズの端くれをエサに…さすが伊猫
右の猫は何だか猫離れした顔だったので記念に…不思議な顔

8月21~28日までMax家と一緒に過ごしましたが、伊マンマの息子への愛情は半端じゃない、ということを感じさせられた日々でした
出発する時は、マンマの泣きそうな顔とたくさんのお土産を…アランチャの手作りジャム5個、オリーブの瓶詰め5個など

現在、68歳のパパが体調悪く、かなり心配

Costiera Amalfitana(アマルフィ海岸) 1

2年前のVacanzeの話の続き

8月20日、ヴェスヴィオ火山を観光後、約62km先向かった所は、Maxに絶対連れて行ってと頼んでいた世界遺産のアマルフィ海岸…この年、映画アマルフィ~女神の報酬~』でさらに有名になりましたが、訪れた時はまだ観ていませんでした
ソレント半島をぐるりっとドライブしていたら、もう夕方
CIMG0248-2009アマルフィ① 
約40kmほどもあるこういう海岸線は複雑に入りくんで、岬に挟まれた入り江にはパステルカラーの家々が並んでいます。また家々を取り囲んでいるのは、レモンとオリーブの木々。
CIMG0252-2009アマルフィ②
散策を開始すると意外と大変…階段の上り下りが多く迷路のような「景色は天国、暮らしは地獄」という話も
お土産屋さん、いっぱい…特産品はレモンチェッロが有名ですね…あと手漉き紙も
PICT3094-2009アマルフィ③

アラブ・シチリア様式のDuomo di Amalfi(アマルフィ大聖堂)、鐘楼やChiostoro del paradiso(天国の回廊)はイスラム文化の影響を受けたもの…他のドゥオーモとはひと味違いますね
活気のあるドゥオーモ前の広場もステキ
PICT3098-2009アマルフィ④
夜景も素晴らしい

この日、Maxの実家へ行くことになっていたので、少しの観光時間…もっと散策したかったので、時々、アマルフィの思い出話になるとMaxに「綺麗だったよね、でも時間が足りなかった…。」とチクチク嫌みを言います

世界一美しい海岸には、たっぷりの時間を費やしてください

Il monte Vesuvio(ヴェスヴィオ)

2年前のVacanzeの話の続き

さてラブリーな1日を過ごした翌日8月20日は、ナポリから32km南下ヴェスヴィオ火山 山をどんどん車で登っていき、その辺に駐車しようとしたら前から強面のおじさんが、、、
PICT3007-2009ヴェスヴィオ①
Maxが言うには、ナポリ近くの観光地での商売はマフィアが絡んでいるとか…ぽいなぁ
おじさん、いっぱいの汗かきながら駐車位置を指示してました
おじさんに言われるとおりの所に駐車し、登山開始
PICT3028-2009ヴェスヴィオ③
ナポリの街も一望…登山って気持ちのいいものですね
こういった所をひたすら登り、火山口は、、、
PICT3025-2009ヴェスヴィオ②
巨大なアリ地獄って感じです

記念に手の平サイズの石ころを拾ったり、炭製ワンコを買いました…お土産屋の店員もマフィアっぽい
そして、のんびり歩くMaxを急かし、次の訪問地Amalfi(アマルフィ)へ…次回へ

あっ、8月19日分の記事は『カプリ島』を読んでくださいね

Pompei(ポンペイ)

2年前のVacanzeの話の続き

夜が明け8月18日、前日のいさこざもあり朝からうだうだ トイレから出た私はベットの隅っこに…Max、起きて出かける準備 私「どこへ行くの?」、Max「朝起きるのが遅かったし、明日、青の洞窟へ連れて行ってあげるから、今日は別の場所を観光するよ、行くの?行かないの?」、私「(ムッとしながら)…行く」と、お互いあんまり話もせず後ろをついて行くとポンペイ遺跡に到着
CIMG0155-2009ポンペイ①
ポンペイ…1世紀までナポリ近郊にあった都市。紀元79年のヴェスヴィオ火山大噴火による火砕流によってこの町は一夜にして地中に埋もれました。この噴火によって出た有毒ガスで多くの人が亡くなり、また3日間降り注ぎ続いた火山灰は7mも達しこの町を長い間封印しました。18世紀に発掘が開始され、ローマ人が造り上げた古代都市が徐々に姿を現しました。舗装された道路、神殿、市役所、劇場、浴場、居酒屋、墓地、売春宿などあらゆる都市機能がローマでは2000年前にすでに完成されていたのです。また亡くなった人々の上にも火山灰が降り積もり、時が経つに連れて肉体が腐りなくなったものが発見され、その人の形に石膏を流し込み、まわりを掘り起こし、再現されています…苦しそうに悶えている人々、犬もいたり、子どもをかばっている母の姿も、リアルです。
保存状態の良いフレスコ画、、、
CIMG0167-2009ポンペイ②
この場所だけにあんまりテンションが上がらない私…でも、遺跡を回りながら熱い説明をしつつ気遣うMax、一瞬にしてなくなったポンペイの町と多くの人々の命、、、小さいなワタシと思えて、反省

熱弁Max 
日本人の家族連れもいて、そのお父さんも熱い説明を子ども達に
CIMG0162-2009ポンペイ③
帰りは仲良くホテルへ
さぁ明日は青の洞窟と思いながら

プロフィール

Makitalia

Author:Makitalia
真紀(Maki)
イタリア人Maxと、2011年4月日本にて神前式、2012年4月イタリアにて民事婚をしました。2011年12月中頃から、一緒にイタリア生活を始め、現在は、2つのフェンシング教室のコーチとして、週3回指導してます。
日々、想った感じたことをつらつら記していきます。暇つぶしにどうぞお越しくださいませ!
“Papavero と 雛罌粟”から、ブログ名変更しました。

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