あれから5年(5 anni dopo)

Terremoto in Emilia, 5 anni dopo è ancora emergenza. Qualcuno ha fatto ritorno a Mirandola, ma altri stanno ancora aspettando.
Il 2 aprile, Papa Francesco è arrivato a Mirandola. Davanti a Duomo di Mirandola, il Papa si è rivolto ai fedeli, i mirandolesi erano contenti ed alucni piangevano.
Il Duomo di Mirandola, sarà riparato entro giugno 2019.
Speriamo.


私の住む町ミランドラを含むこの辺りは、2012年、5月20日と5月29日に大きな地震「イタリア北部地震」が起き、大きな被害がありました、、、あれから5年が経ちました

地震の影響で、他の町に仕事を変えた人々が少しずつ戻ってきたり、町内の仮設住宅は、少しずつ撤去されてきているものの、町のDuomo(ドゥオーモ)の復興工事がまだあまり進んでいません。
4月2日の夕方、現ローマ教皇(私達は、パパ・フランチェスコと呼びます)がミランドラを訪れてくれました。
ドゥオーモ前の広場で、パパ・フランチェスコが、犠牲者の追悼と、お互いの心をもっと近くに、あなた達は強いこと、建物も心も復興再建を一日も早く目指すこと、ボランティアへの感謝、
などなどお話ししていました。
CIMG9695-2017dopo5anni①
穏やかに聞いている人、嬉しさいっぱいの人、地震のことを思い出して泣いている人で、沢山の人でした。

私はカトリック教徒ではないですが、不思議な力を持つパパ・フランチェスコをひと目見たいと思ってました。でもドゥオーモ前は、あまりにも混雑していたので諦め、絶対、この道をパパモビル(オープンの送迎車)で通るだろうとという場所で、待つことにしたところ、そこでも多くの人が待ち伏せしていました。大型スクリーンも設置されていて、続けてお話が聞けました。
そして、私達の前を、パパ・フランチェスコが手を振って通り過ぎていきました。
うまく撮れず、、、
CIMG9696-2017dopo5anni②
パパ・フランチェスコの通過後、皆どこかに移動していくので、ついていくと、ヘリコプターの待機場所である隣町の教会広場に辿り着きました。
ヘリコプターから轟音が上がり、強い風が吹き、窓から手を振りながら、ヴァチカンに帰ってゆきました。
CIMG9697-2017dopo5anni③
あー行ってしまったねーと皆が肩を落としていたら、なんと戻ってきて、ヘリコプターでミランドラの空を最後の挨拶をするようにぐるっと迂回し、去っていきました。皆、拍手喝采でした。

さてドゥオーモについては、2019年6月には復興工事を終える予定だと無料新聞で載っていたのですが、そうなることを祈るばかりです。
CIMG9945-2017dopo5anni④
繰り返すようですが、私は信者でもなければ、また祈りに行く訳でないので、ドゥオーモがあろうとなかろうと、関係ないと言えばそうなのですが、町のシンボルの一つであること、この町の人にとって大切な建造物であり、私もまた地震前と地震後のミランドラの町を知っているので、この町に非常に強い想いがあるのです。
もともとスポーツに力を入れていたミランドラの町が活気を取り戻す為に、私に出来る何かを少しずつ計画しているところです、、、2,3年かかる見込みですが。。。

イタリアでも日本でも他国でも、地震の被害でまだまだ大変な思いをしている方々が多いので、自分のことばかりでなく、その場所の再建に力を合わせていきたいものですね。

↓地震関連の過去記事
『Terremoto(テッレモート)』
『5月29日のM5.8地震から2週間が過ぎ』
『その後のミランドラ』
『貴重な一日』
『良いお年を!』
『あれから1年』
『ミランドラと東北(日本)共に再建の道へ』
『あれから2年』
『あれから3年』
『あれから4年』
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あれから4年(4 anni dopo)

Terremoto in Emilia, 4 anni dopo è ancora emergenza.
A Mirandola, finalmente iniziano ad aggiustare il Castello dei Pico, ma ci sono problemi di fondi perchè il progetto costa circa 4 milioni euro!


私の住む町ミランドラを含むこの辺りは、2012年、5月20日と5月29日に大きな地震「イタリア北部地震」が起き、大きな被害がありました、、、あれから4年が経ち

4年経っても、それほど変わりませんが、町のドゥオーモ前あたりから100m以上は続く、毎週土曜のメルカートは活気を取り戻し、新鮮な野菜や果物、魚にチーズ、衣類などはたまに掘り出し物もあって、楽しいです。
CIMG0085-20164年後①
左上は、2009年に撮った時のもの、右上は2012年5月29日地震があった直後、
左下は、地震から4年経った今年のもの、教会前には、上から崩れた尖塔などが置かれたままです。
前からは、被害が少なく見えますが、教会後ろ側は崩れて、内部はぐちゃぐちゃで、外壁だけしか残ってません。

地震が起きる1ヶ月半前に、私達が民事婚をしたこの市庁舎は閉まったままで、別の所で機能しています。
この元市庁舎の前が縦長の広場になっていて、メルカートがズラーと並ぶのですが、少し進んでいくと、町のお城Castello dei Pico(ピコ城)が見えてきます。
CIMG9972-20164年後②
ピコ城の復興工事計画がようやく決まったようですが、これには、約 4 ミリオーニ ユーロの費用がかかるらしく、日本円にして、約4億6千万ほど、もっとかな(?) なので、この費用をどこから捻出するかで、なかなか工事が始まりません。
内部を観たことないのですが、拝見するのはまだまだ先になりそうです。

こちらは、地震があった時の、エミリア・ロマーニャ州特産のパルミジャーノ・レッジャーノとグラーナ・パダーノのチーズ工場です、、、

莫大な損害が出ました。。。

まだまだ、仮設住宅に暮らしている人々がいます。
忘れてはいけませんね、いえ、私も自転車に乗っていた時に起こり、転倒したので、鮮明に覚えています。
渡伊生活が始まってすぐの出来事で、この町ミランドラの地震前と地震後を知り、日々、再建の取り組みが間近に見え、思いの深い町になっています。

↓地震関連の過去記事
『Terremoto(テッレモート)』
『5月29日のM5.8地震から2週間が過ぎ』
『その後のミランドラ』
『貴重な一日』
『良いお年を!』
『あれから1年』
『ミランドラと東北(日本)共に再建の道へ』
『あれから2年』
『あれから3年』

あれから3年(3 anni dopo)

Terremoto in Emilia, tre anni dopo è ancora emergenza.
Case e chiese ancora distrutte. Attività in crisi. Centri desorati. Viaggio a Mirandola e Cavezzo a 36 mesi dal sisma.
Tra ritardi e maxi bollette energetiche.
Il terremoto del 20 e 29 maggio 2012 aveva fatto 27 morti, centinaia di feriti, danni per 12 miliardi di euro, sedicimila sfollati, un mondo imprenditoriale di 175mila lavoratori in ginocchio, seimila aziende agricole colpite oltre a 600 allevamenti, 600mila forme di parmigiano cadute, 37 caseifici fermati.
Quando c'è stato il secondo terremoto, ero al centro di Mirandola e sono caduta dalla bici, tante persone scappavano e piangevano. Non posso dimenticare questo ricordo.

今でも鮮明に

私の住む町ミランドラを含むこの辺りは、2012年、5月20日5月29日に大きな地震「イタリア北部地震」が起き、大きな被害がありました、、、あれから3年。。。

昔から地震が少ない地域とされてきたようですが、、、
ある説では、この地震は掘削作業が原因だったと、、、このミランドラでの石油やガスの掘削活動が地震を引き起こした可能性があるとされ、そう結論づけた後、新たな掘削が禁止されました。Maxは「最初にガスを土の中に貯め、それを全て取り出し、残った大きな穴が徐々に崩れたが為に地震が引き起こされたんだ。」と分かり易く説明してくれました…人工地震だったんでしょうか。。。
家屋の被害は、耐震性なんぞ全く全く考えられていなかった石造りの町並に色濃く無残に。。。
ミランドラ中心の3つの教会は、3年経っても、こんな感じで、鉄組だらけ…どの教会も、味のある素敵な外観だったんですよ、、、
CIMG4839-2015あれから3年①
下画像の教会の横は、私がよく行く友達のお宅があるので、工事経過を眺めたりしてます。

5月29日は、私が通うイタリア語教室(本来は、中学校)で、追悼式が行われました。
CIMG4843-2015あれから3年②
この近くでは、未だ、仮設住宅で生活されておられる方が沢山、ほとんど外国人です。

イタリア生活を始めて、たった半年過ぎてのこの大きな経験だったので、3年経った今もあの時の状況を覚えています。
亡くなった方々のご冥福をお祈りします。

↓地震関連の過去記事
『Terremoto(テッレモート)』
『5月29日のM5.8地震から2週間が過ぎ』
『その後のミランドラ』
『貴重な一日』
『良いお年を!』
『あれから1年』
『ミランドラと東北(日本)共に再建の道へ』
『あれから2年』

あれから2年

月日の流れなんかで、この記憶は薄れていかないもの

ここ、ミランドラの町は、2012年5月29日に大きな地震が起き、大きな被害がありました、、、あれから2年。。。
まだまだ復興中の教会、、、
CIMG9360-2014あれから2年②
画像下の教会横に、黄色のお店がありますが、私の友達イラン出身の夫婦がココを借り、近々、お店を開く予定…完全に、教会にくっ付いてるけど、怖くないのでしょうか。。。

私達が民事婚した元コムーネ(市庁舎)に、左下がPico(ピコ)城(右下がピコさん)、そして右上は、地震が起きた時、私が居た所などもまだまだ作業中、、、
CIMG9009-2014あれから2年①
Via 29 maggio(5月29日通り)という道ができ、この近くには、まだ自分の家に帰ることができない人々の仮設住宅が沢山あり、パパヴェロが周りを取り囲んでいます、、、
CIMG9362-2014あれから2年⑤
この通りに、
5月11日、町の人念願のBibrioteca(ビブリオテカ=図書館)がようやく再開しました
以前の場所は未だ復興作業しておらず、私の伊語教室の近くに新しい建物で出来、とってもキレイでオープンな感じ…地震前のも、古めかしい建物で良かったのですが(↓左上)、、、
CIMG9353-2014あれから2年③
日本の書籍もいくつかあり、伊でも有名、村上春樹さんとか吉本ばななさんの本が多く、そのうち、伊語の学習の為に借りたいと思います、あっトトロのDVDもありました、、、
CIMG9344-2014あれから2年④
↑カフェの場所も、ゆったりくつろげそうな感じ

伊語教室を通じて、この図書館で本の整理などのボランティアの要請があるので、是非、参加したいと思います

↓地震関連の過去記事
『Terremoto(テッレモート)』
『5月29日のM5.8地震から2週間が過ぎ』
『その後のミランドラ』
『貴重な一日』
『良いお年を!』
『あれから1年』
『ミランドラと東北(日本)共に再建の道へ』

ミランドラと東北(日本)共に再建の道へ

23日(日)は、2年前大きな地震があったここミランドラでコンサートがありました

なんと、愛知学泉大学オーケストラの方々がいらして、ミランドラの音楽学校と、ミランドラから60kmほど離れたReggio Emilia(レッジョ・エミリア)の町の音楽学校の生徒達も含めたメンバー構成のチャリティコンサート!

21日(金)は、日本人の方々をお迎えにボローニャ空港へ行き、一緒にレッジョ・エミリアのホテルまでプライベートバスで向かい、オステルのチェックインのお手伝いし、買出しも一緒に行って(オススメ食材ならお任せを!)、私も一緒に泊まりました。
このオステル、昔は修道院だったので、暗い雰囲気が漂ってましたが、スタッフの方がみんな明るかったので問題ナシでした、、、
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日本人の若い子達の服装って、ホントかわいいと再認識を、、、伊人女性のファッションってちょっとセクシー系が多いので

22日(土)の夕方は、レッジョ・エミリアで公演があったので、朝から本番までリハーサルを付き添わせて頂きました
吹奏楽界で有名な同大学・吉見先生のきめ細かいリハが始まり、、、
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レッジョ・エミリアの音楽学校のマルコ先生も熱い熱い指導…紳士的で情熱たっぷりな方

本番、、、
モーツァルトではヴァイオリンのソロが格好良く、、、
ハッピを来て『ソーラン節』『炭坑節』『手まり歌』などミックスしたラプソディでは、伊人も興味深く聴いている様子、、、
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マルコ先生『ジブリメドレー』も素晴らしかったです
画像にあるムーミンは、吉見先生が、東日本大地震後、被災地で毎年チャリティコンサートを開いていて、岩手県陸前高田市立第一中学校の生徒からプレゼントされたもの、、、コンサート中、ずっと指揮者の後ろに座ってました

さて、このレッジョ・エミリアの町紹介を少し、、、
国旗である三色旗の原案は、この町で制定されたそうで、市議会議事堂には、このことを記念した博物館があります
色んな建物がお堅い感じを受けましたが、怪物みたいな飾りがある建物は面白く(画像ではちょっと見えにくい)、トワイライトの広場は幻想的、、、
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それから、有名なのは『Reggio Emilia Approach(レッジョ・エミリア方式)』…第2次世界大戦後間もなく生まれた幼児教育法
さらに欠かせないのが、ロリス・マラグッツィ氏の詩で、この町の理念とも言える、
「The Hundred Language of Children(子ども達の100の言葉)」…内容は「子どもは100の言葉、考え方、聞き方、話し方、理想、驚き方、愛し方・・・を持っているのに、学校や文化がそのうちの99を奪ってしまう」というもの

23日(日)、ミランドラにて、、、少し寒い日で雨も降ったり止んだり
まずは、音楽学校にて朝からリハで、ミランドラ音楽学校のミルコ先生とも…伊人らしく暑苦しく、常にハイテンションな方、でも腰痛持ちでムリ出来ないとか(右下画像の左から2番目の天パがミルコ先生
昼食は、偶然にも私のアパート近所のリストランテで、5,6種類の切り分けピッツァと、ドルチェにティラミスとズッパ ディングレーゼをみんなで頂き、私もMaxと一緒に先生方の前で頂きました、、、
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ミランドラ学校側は、3年以内に、120年の歴史あるミランドラのテアトロ(=劇場)の修復が可能なので、どうかまた日本人とオーケストラをやりたいと吉見先生に頼んでいました…私も、3年以内に、またお会いできると嬉しいデス

15時から仮劇場(大型仮設テント)にて、リハして、そして17時『ミランドラと東北(日本)共に再建の道へ』が開演し、司会者は歌のタイトルや作詞作曲者に出てくる日本語発音を難しそうにしてました
『故郷』がとても心に沁み、、『明日という日が』では感動で涙がほろり、、、
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本番前は大雨が降ったりで、お客さんどれだけ来るかなと思いましたが、コンサート終盤で気づいて振り返ると満席
最後には、岩手県陸前高田市立第一中学校の生徒達が作ったという『復興支援千羽鶴』と応援幕をミランドラ音楽学校にプレゼント、、、
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コンサート後、早速、音楽学校の入り口近くに千羽鶴が飾られていました。
夜は、ミランドラ音楽学校の生徒のマンマ達の手作りでここエミリア・ロマーニャ州でポピュラーな食べ物がずら~と用意されていました
みんな緊張からの解れからかワイワイ…中には、これから発展しそうな伊人×日本人カップルが二組ほど出来そうな雰囲気もあったり(笑)
関西弁同士ですぐ打ち解けた吉見先生やこのお仕事をさせて頂くきっかけになった永田さんとも、、、
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日本からのお土産で、伊の先生方などには飾り扇、生徒にはお菓子沢山(ポッキーやラムネなどの駄菓子類)とミニ飾り扇等々
24日(月)の夜も、レッジョ・エミリアにて打ち上げで、参加させて頂きました…料理が、とっても美味しかったデス
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音楽のことは全く分からない私ですが、、、
マンガ『のだめカンタービレ』の影響で、前からオーケストラをナマで聞きたかったので、私としてもありがたいお手伝いでした
単発仕事でしたが、私にとっては初めての伊での仕事だったので、とっても良い経験になり、この初仕事について、Maxだけでなく、義兄や義両親もかなり大喜びしてました
まだまだ未熟な伊語で、少しだけしか役に立てなかったのが悔やまれ、今後の為にも、もっと伊語学習を頑張られねばと 事実を言えば、結構大事な場面では、簡単な日本語とほぼ完ぺきな英語が出来るMaxが一番役に立ってましたけども…ちょっとジェラシ~が(もちろん仕事に対してデス
通訳で勉強になったのは、通訳者は自分の気持ちを込めず、そのまま代弁すること、それから関西人の通訳はテクがいると感じました…オチを入れたりして、笑わせたい気持ちが常にあるので(笑)

愛知学泉大学オーケストラの皆様、遠いこのミランドラまでお越し頂き、本当にありがとうございました。
また、このブログでミランドラに住んでいる私を見つけてくださった永田さん、心から感謝します…ブログ書いていて良かったとつくづく お土産で頂いた漬け物とどら焼き、とっても美味しかったデス

↓地震関連の過去記事
『Terremoto(テッレモート)』
『5月29日のM5.8地震から2週間が過ぎ』
『その後のミランドラ』
『あれから1年』
『貴重な一日』

プロフィール

Makitalia

Author:Makitalia
真紀(Maki)
イタリア人Maxと、2011年4月日本にて神前式、2012年4月イタリアにて民事婚をしました。2011年12月中頃から、一緒にイタリア生活を始め、現在は、2つのフェンシング教室のコーチとして、週3回指導してます。
日々、想った感じたことをつらつら記していきます。暇つぶしにどうぞお越しくださいませ!
“Papavero と 雛罌粟”から、ブログ名変更しました。

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